昨年の金融市場の急速な悪化に対応し,国際会計基準審議会(IASB),米国財務会計基準審議会(FASB)では,金融商品の公正価値の測定をめぐって活発な議論が展開されてきた。昨年10月に,IASB専門家助言委員会からは,参考指針(educational guidance)「市場がもはや活発でない場合の金融商品の公正価値測定についての判断の利用」が公表され,流動性を失った金融市場における金融商品の測定や,金融商品の公正価値開示のあり方についての方向性が示された。
また,同時期にIASBとFASBは,世界的な金融危機から派生する会計上の論点を共同で取組むことに合意し,ニューヨーク,ロンドン及び東京で金融商品会計についてのラウンドテーブルを開催した。また,ハイレベルの助言委員会を設置し,そして金融商品会計における透明性を高め,複雑性を軽減するため共同で対応していくことに合意している。
昨年12月に,IASBとFASBは上記の合意を基に,金融市場において実務経験のあるリーダーから構成されるハイレベルの諮問グループとして,金融危機アドバイザリー・グループ(FCAG)を設置した。
FCAGの活動の主要な目的は,世界的な金融危機や将来の規制環境の変化が会計基準設定に与える影響について両審議会に助言することである。すなわち,金融市場への投資者の信頼性を回復するために,財務報告がいかに貢献することができるかを検討することが課題となっている。また,緊急に対応しなければならない重要な会計上の論点を識別するとともに,長期的に解決すべき会計上の論点の識別を行いIASB,FASBへ助言する役割を担っている。
具体的には,以下の項目が論点として挙げられている。
第1回の会合は本年1月に開催されており,ここでは,財務報告の役割や会計基準設定機関の独立性やアカウンタビィリティーなどを含む広範な論点が議論されているが,特に金融商品の公正価値測定の妥当性についての議論が注目される。
公正価値測定に関連して,SECからは50の上場企業を対象にした貸借対照表への公正価値の影響についての調査が報告されている。公正価値の測定は,調査対象企業の全体では資産の45%,銀行については資産の30%に公正価値が反映されており,保険会社については71%であったとされている。2006年では,全体の42%に適用されていることから現在とは大きな変動はない。一方,損益を通じた公正価値測定については,調査対象の全体では資産の25%になっている。
また,銀行破たんに対する公正価値会計の影響は,実際の破綻をみると限定的であったとされている。なお,大銀行であっても公正価値測定される資産はほとんど有していないとされている。ただし,破綻した銀行は調査対象銀行全体の平均より高い貸倒損失があったという結果が示されている。また,SECはコメントレターや既に行われたラウンドテーブルなどの議論を検討し,公正価値は投資者にとって有用な情報であるというのが一般的見解であるとしている。
これに対し,公正価値の測定の規定が現在の金融危機脱出を阻んでおり,景気循環増幅性(pro-cyclicality)に拍車をかけているという指摘もある。しかし,会計規定が必然的に景気循環増幅性に影響を与えているという指摘があったが,たとえば「ダイナミック・プロビジョニング」(注)によって会計基準が景気循環増幅性の低下に対応するべきかについては明確な合意はなかったとされている。
2月に開催された第2回の会合においても,金融の安定性や景気循環増幅性への懸念に関連して,投資者に有用な情報を提供する必要性をいくつの課題に分けて議論されている。まず,一般目的財務諸表は誰のために作成されるべきかという観点からは,現在のFASBやIASBの会計基準の基礎となっている,投資家や広範な利用者を対象とすべきという点では合意している。
つぎに,一般目的財務諸表が金融の安定性を目的として有するべきかという論点については,そのような目的を有すべきでなく会社の経済実態を表示し,できるかぎり偏向がない中立かつ独立したものであるべきで,むしろ金融の安定性は規制当局の目的であることに合意がされている。
また,公正価値の測定に関連して,情報の透明性の欠如がもたらされるとしても金融の安定性や景気循環増幅性を考慮すべきか,また貸付金について償却原価と発生損失を基礎とする現行モデルを維持すべきか,引当金の設定について健全性の判断を踏まえることを許容したり,あるいはダイナミック・プロビジョニングを基礎とする現行のアプローチと異なる方向性に進むべきかについても議論されている。FCAGは,景気低迷時に利用できるように好景気時に準備金を積み立てて,資本を増強させることを支持しており,また企業において維持すべき資本の金額(配当不能な準備金)を決定する役割は規制当局にあることを支持している。そして,貸付金の減損の判断の基礎を決定することが会計基準設定機関の責任であるとしている。しかし,規制上の準備金の変動を包括利益で表示することや,経営者が貸倒引当金の金額を必要とみなされる金額まで引き上げる裁量を有するようにすることについて支持は少なく,会計基準あるいは規制機関が規定している以上に引当金を計上する裁量を与えることは,利益操作につながることを懸念する意見があった。
最後に,金融商品を公正価値で測定計上すべきか,そして公正価値の変動は損益計算書に計上されるべきかという論点が議論されている。この点については,現行の金融商品測定モデルを単純化し整理する必要があり,その方向でコンバージェンスを目指していくことが支持された。なお,公正価値は,特に流動性のある活発な市場の資産については最善の測定値となっているが,非流動的な市場や経営者が当該金融商品を売却する意図がない状況では公正価値が適切であることに肯定的な意見は少ない。
(注)ダイナミック・プロビジョニングとは,経済が好調なときに一般引当金を余分に積み,景気後退期に貯めておいた余剰分を引き出す「動態的」な引当金制度である(みずほ総合研究所みずほ政策インサイト(2009年2月16日)「<G20における国際金融システム改革論①>国際金融システム改革案とプロシクリカリティ」参照)。
3月24日には,IASBとFASBは世界的な金融危機に対応して,オフバランス取引及び金融商品についての会計基準について,共同して迅速に作業を行うなど追加の措置をとることに合意した。また,両審議会は今後数ヶ月内においてそれぞれの金融商品会計基準を共通の基準に差替える公開草案を公表することに合意している。このプロジェクトにおいては,貸付金の減損に関連して発生モデル及び予測損失モデルの減損の検討が行われる予定である。また,FCAGは2009年の第2四半期には提言をまとめた報告書を公表する予定となっており,両審議会は引続き,FCAGによって提供される専門的意見に留意するとしている。
このようにIASB,FASBでは,金融危機を背景に現行の金融商品会計の見直しが急ピッチで進められている。FCAGの議論の内容からは,活発でない市場での金融商品の公正価値測定方法,貸付金の減損処理,公正価値測定による変動差額の表示方法などが当面の主要な論点になるとみられる。
(参考文献)
FINANCIAL CRISIS ADVISORY GROUP MEETING SUMMARY-OPEN SESSIONS, January 20,February 13, 2009.
FINANCIAL CRISIS ADVISORY GROUP Agenda, February 13, 2009.
以上
この「会計基準をめぐる国際化の動向」は、『週刊経営財務』2916号(2009年4月27日)にあらた監査法人企業会計研究会として掲載したものです。発行所である税務研究会の許可を得て、あらた監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載·転用はご遠慮ください。